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AIによって世の中はどのように変化していくのか。教育者の視点から、品川女子学院(東京都品川区)の漆 紫穂子校長に教育での活用方法をはじめ、起こり得るメリット・デメリット、そしてAIとの関わり方が密になる将来を見据えて、今の子供たちに何を学んでもらいたいのかを聞いた。   

漆 紫穂子(うるし しほこ)
品川女子学院校長。東京都出身。他校の国語教師を経て、大正8年に創立された品川女子学院に就任。同校で教育改革を行い、7年で入学希望者数を60倍にまで急増させた。2006年より校長。28歳になった時に社会で活躍している女性を育てる「28プロジェクト」など、女性の社会進出を見据えた特色ある教育に取り組んでいる。

社会の変化を見据え、教育で伸ばしておきたい
2つの力

-AIに興味を持ったきっかけを教えてください。

漆:東京大学の松尾 豊准教授にお会いする機会があり、AIについて詳しいお話を聞いたことがきっかけです。お話を聞き、ディープラーニングなどAIの進化に驚かされ、教育の現場にも大きな影響があるのではないかと思いました。私たちは常に生徒の将来を想い、未来から逆算した中学、高校時代の教育を提供しているのですが、AIによってその未来が大きく変わるのではないか。例えば、日本人はよく英語力やコミュニケーション力が足りないと言われるので語学には多くの学校が力を入れています。しかし、ディープラーニングで言葉の意味を理解し、外国人とコミュニケーションのできるAIがウェアラブル化されたら語学力は必要なくなるかもしれません。だとすると、生徒を預かる立場として、この領域に関してもっと勉強しないといけないと感じました。

-AIによって日常の暮らしは、どのように変わっていくとお考えですか?

漆:例えば、冷蔵庫に何が入っているかを覚えていて、その食材で作れる料理とレシピサイトを教えてくれる、あるいは消費期限が迫った食材を知らせてくれる、などAIを搭載した家電が暮らしの中に入ってきたら便利になるはずです。女性の社会進出が進むと意思決定する機会が多くなりますが、意思は「消耗品」です。AIが「今日の料理はこうしようか」と意思決定のサポートをしてくれることで、仕事や趣味などに向かう時間や意欲が生まれ、余裕を持って時間を有効に活用できるようになると思います。

-ビジネスの世界で、人の役割はどう変化するとお考えですか?

漆:未来の社会全ての変化を見通すことは難しいですが、これまで人間がしていたことを機械ができるようになることで、仕事においても人間の役割が変化するはずです。そこで、人間にとって残るであろう役割とは何かを考えました。人間にあって機械に無いもの。それは「命」です。生きるとは何か、人生の意義とは何か。AIの発達によって人間は命についてより深く考える時代になっていくのではないかと思い、そこを教育でも伝える必要があると考えています。

-教育の現場に目を向けると、AIはどんなところで役に立つと思いますか?
漆:アダプティブラーニング(適応学習・個別対応学習)で活用できると考えています。数学を例にすると、すぐに問題を解ける子と解けない子がいます。また、間違うポイントもAさんは図形で間違う、Bさんは計算で間違うなど、人によって傾向も異なります。そうしたデータを蓄積し、適切な問題を個別に出すことはAIの得意なところ。さらに、間違ったからもう1回同じような問題を出すのではなく、この子は少しハードルの高い問題を出すとモチベーションが上がるとか、逆にこの子はハードルを高めずに正解させ、達成感を味わうほうが良いなど、より精度の高い個別対応学習の提供ができると思います。採点も素早くできるので教員の手間は省かれていくはずです。
-個別対応学習のAI化によって、教員の役割は無くなってしまうのですか?
漆:動画を用いて個別対応学習をするサービスはすでにあり、本校でも取り入れていますが利用者はそこまで多くありません。課題は「見守り」にあると思っています。これは英語学習のとある事例ですが、英語圏ではない貧困地域にプロジェクタを設置し、英語圏とつないで時間のある人がお喋りをして子供と交流する仕組みを作ったら、見守り効果によって子供の英語力が上がったそうです。将来、AIが個別対応学習に生かされた場合でも見守りまでは難しいと考えると、子供のやる気を引き出すファシリテーターは、教員に残される重要な役目のひとつとなるのではないでしょうか。
-教育の現場で起こり得るメリット・デメリットを教えてください。

漆:メリットとしては、1人ひとりに合わせた指導方法や最適な教材を選び、採点の一部もAIがしてくれるという点です。教員はAIの選択をチェックするだけで良いため効率化が図られます。また、テスト結果の分析をすることで生徒の学習データがより詳しく分かるようになると思います。一方、デメリットはAIが導き出すデータに頼りすぎることで人間の直感が鈍ること。数字には表れない生徒の感情や見えないサインを見逃してしまう可能性があります。直感力が退化して当たり前のことが分からなくなる、そこに注意していく必要があると思っています。

-将来を見据えて、今の生徒には何を学ばせたいですか?

漆:まずはエンパシー(共感力)を高めることです。今は、日本にいながら世界を相手に仕事をする時代。そのため将来は文化圏の違う人に対しても、エンパシーを持つことが大事になってきます。また、AIは共感の意味を説明できても、人間のように実際に共感することはできません。エンパシーは人間の役割として残るもののひとつではないかと考えています。そこで本校では、チームで何かを作る機会や自分のアイデンティティを確立する施策の一環で、茶道、華道、礼法、着物の着付けといった日本文化の授業も行っています。これらを通して自分の中にある日本人のDNAとは何かを考え、自分の内面を見つめ直し、エンパシーを身に付けてもらいたいと思っています。

-授業を通しての学び以外で、外部からの有益な情報はどのように校内へ発信しているのですか?
漆:本校は情報をシェアすることを大切にしているので、私も面白いことを知ったら朝礼やブログで情報発信しています。また、教員や生徒も外から有益な情報を得たときには校内で共有するようにしています。本を買って自分で読んだら教員に回し、その後図書館に寄贈して生徒にブログで伝える。そうすると生徒たちが借りていくのです。一方、学校のリソースで足りない場合には、企業や専門家の方をお呼びして授業をしていただくかたちで情報をシェアしています。
-共感力のほかにも、生徒に身に付けてもらいたいものがあれば教えてください。

漆:AIは蓄積された過去のデータから答えを導き出しますが、有効な答えを出せないときもあります。それは過去のデータが全く無い場合です。一方で人間はデータが無くても直感で問題を発見し、「人のためにこうしたら良いのではないだろうか」というエンパシーを使い行動に移すことができる。そこで、問題発見力を磨く取り組みをしています。具体的には、Design Thinking(デザイン シンキング)という思考プロセスを5年前から導入し、生徒に学ばせています。これはデザイナーの思考プロセスをもとに問題発見力を高めていく方法で、スタンフォード大学でも行われています。AIにできないことは何かを考え辿り着いた共感力と問題発見力。この2点を学び、生徒には社会で生かしてもらいたいと思っています。

東京大学准教授の松尾 豊氏からAIについて詳しい話を聞いた漆氏は、社会はもとより教育の現場にも大きな変化が起きるのではないかと考えるようになった。生徒の将来を想い、未来から逆算して中高時代の教育を提供している漆氏は、日常生活やビジネスにおいてもAIによって人間の役割が変化することを想定。また、教育でも個別対応学習にAIが生かされると考えた。しかし便利になる一方、機械に頼りすぎることでデータからは見えない生徒の感情を見逃してしまう危険性も指摘。教員は生徒と対面で接する「見守り」によって機械では果たせない役割があると述べた。そしてこれからの時代を見据え、見守りと同様にAIでは難しいであろう人に共感する力「エンパシー」と、過去のデータが無くても直感を活かして課題を見出す「問題発見力」を、生徒に学ばせる必要があると語った。


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