• IoT
森川博之(もりかわ ひろゆき) 東京大学先端科学技術研究センター教授
ビッグデータ時代の情報ネットワーク社会はどうあるべきか、情報通信技術はどのように将来の社会を変えるのか、といった点について明確な指針を与えることを目指し、「社会基盤としてのICT」「エクスペリエンスとしてのICT」といった二つの視点から、ビッグデータ、M2M、IoT(モノのインターネット)、センサネットワーク、モバイル・無線通信システムなどに関する研究を推進。革新的な新世代ネットワークの利用技術、コンピューティング環境のあり方を示唆することをも目指し、「キラーアプリケーション」を考慮に入れながらの基盤技術の開発とともに、「Proof of Concepts」プロトタイプの構築も進めている。新世代M2Mコンソーシアム会長、OECD・CDEP副議長も務める。
※OECD・・・経済協力開発機構
※CDEP・・・デジタル経済政策委員会    

東京大学先端科学技術研究センター内のラボにて、IoTやビッグデータ、センサネットワークをはじめとするIT、ICT領域の研究を進めている森川 博之氏。今回、IoTが世の中に与える影響や課題、ビジネス領域におけるポテンシャルなどについて聞いた。   

- IoTに関する議論でM2Mという概念もよく取り上げられていますが、その違いについて教えてください。

森川:IoTとM2Mを区別する考え方もありますが、僕はあまり分ける意味がないと思っていて、ポイントはバーチャルな世界だけでなくリアルな世界がネットワークにつながるということと、リアルなデータがネットワーク上で動き回るということ。IoTやM2Mと同様に、僕はビッグデータやAIも含めこの領域は細かな定義づけをしないほうがいいと考えています。すべて一緒というか、同じ直線上にあるというか、IoTはデータの発生源に着目していて、そこから吸い上げたデータが集まればビッグデータになる。そしてその分析にはAIが必要になる。だから単なる視点の違いだけであって、僕にとってはすべて同じ概念ですね。その中で、IoTって何ですかと聞かれたら、僕は単純に「アナログプロセスのデジタル化」と答えています。我々の生活や仕事の中で、アナログにやっている小さなプロセスって膨大にあるんですが、これをデジタル化していくのがIoTで、ある意味とても地味なもの。決してキャッチーではない。今から3年とか5年で世界のすべてがガラッと変わるということではなくて、これから20年ぐらいかけてジワジワと世界の裏側がデジタル化されていくようなイメージを持っています。

- IoT≒地味というのは、ある意味新鮮です。具体的にどういうことでしょうか。

森川:例えば、公園のゴミ箱。ここに重さや容積などを計測するセンサーを入れておけば、定期的に見回りをしなくても回収時期が分かりますよね。見回りというプロセスでいうと、地滑りなどが起こりそうな道路にセンサーを設置したり、田んぼに水位センサーを取り付ければ、現場まで頻繁に足を運ばなくてもデータが教えてくれます。でもこれは、土木や農業に従事していない一般の人たちは絶対に気付かない技術ですよね。ゴミ箱のゴミはいつも通り回収されているし、お米は育って収穫されたものを買うわけですから。現場にいる人にとっては革命的でも、インターネットやスマートフォンのように世の中を劇的に変える技術ではない。ただアナログプロセスというのは土木や農業をはじめスポーツや医療、ヘルスケアの領域まであらゆるセグメントに無限に存在するので、あらゆる人が何かしらの形でIoTに関係してくると思います。今から50年ぐらい前に「PLC(Programmable Logic Controller)」という小型のマイコンが登場しました。これはかなりのイノベーションでしたが、今でも使われていて、工場の中の機械やロボットを制御するのに絶対必要なんですよ。例えば自動車の製造ラインなどが「PLC」の登場ですべて自動化されていったんですが、一般の人たちにはほとんど知られていない。とてつもなく革命的な技術でしたが、一般の人の生活はほとんど変えていないですよね。IoTもそのような感じだと思います。公園のゴミ箱がデジタル化されても誰も気付かない。華やかではないが、地道にイノベーションしていく。そんなイメージですね。

- ビジネスにおける成功事例などがあれば教えてください

森川:逆に少し派手な領域でいくと、欧米のスポーツはデジタル化が進んでいて、例えばアメリカのバスケットボールでは、コートの天井にカメラが付いていて、選手の動きをデジタルデータ化しています。この選手は何ヤード離れたところからシュートを打ったとか、すべてデータとして残している。アメフトの場合は選手のウェアにタグをつけて、選手と選手が何ヤード離れているとか、徐々に近づいているなどのデータが、すべて視聴者に分かるようになっているんですね。僕は最初、これは単なるスポーツファンのエクスペリエンス向上のためで、お金にはフィードバックされないだろうと思っていましたが、ちゃんと儲けに繋がっていたんです。彼らはこの試合データをスタッツとしてインターネット上にアップロードしていたんですが、それを見た若いファンがアプリを作り始めたんですよ。このチームのアプリ、この選手のアプリ、というような。スポーツファンって高齢化が進んでいたんですが、このことで若いファンが急激に増えていて、放映権料がぐっと上がるという現象が起きている。最初は誰も予想していなかったのに、まさかの成功につながっていて僕もおどろきましたね。

- 日本のビジネスにおいては、まだIoT化がそれほど進んでいないように感じますが、何か課題があるのでしょうか。
森川:先ほどのスポーツの事例もそうですが、企業などがIoT化を進めるときに、成功するかどうか、利益につながるかどうかなんて、やってみないと全くわからない。これがIoTの難しさで、とにかくまずやってみて、やりながら考える必要がある。ちょっと上から目線になってしまいますが、これからの日本の経営者に求められるのはそういう姿勢だと思います。さらに言うと、日本はIT技術を持つ人材のうち4分の3がIT企業にいますが、アメリカの場合は全体の半分以下。IT技術者の半分以上がIT、ICTを使う側のユーザ企業にいるんです。IoTというのは使う側の技術や知識が重要で、ユーザ企業にIT技術者がいないと意味がないんですね。そこが日本と欧米の根本的な違いで。例えば地方の県庁とかだと、土木や農業の分野で採用される役人が500人いるとすると、情報系の採用は1~2人。これではIoTの浸透は難しい。アナログプロセスは無限にある、と言いましたが、官民問わず、現場が課題をIT、ICT企業に相談したり、逆にIT、ICT企業が現場に提案したりということが非常に難しい状況にあるわけですね。だから僕がいつも言っているのは、経営者など上に立つ人が「IoT化」「デジタル化」を叫び続けるしかないと思うんです。アメリカのGEが何年も前に自分たちのことを「ソフトウェアカンパニー」と言いはじめたんですが、そうすると少しずつ現場の意識も変わってくる。IoTの目的は、ざっくり言うと「生産性の向上」と「価値創造」となるわけで、企業活動に必ず貢献する技術なのですが、経営者がIoT化を言い続けて、まずやらせてみて、失敗したら「よく失敗した」と褒めるぐらいでないと、実現はなかなか難しいですね。
- 今後IoTは、社会やビジネスにどのような影響を与えるとお考えですか。

森川:先ほど「価値創出」という言葉を挙げましたが、IoTを別の見方をすると「物的資産のデジタル化」とも言える。どういうことかと言うと、クルマというモノをデジタル化したら「Uber」になり、空き部屋というモノをデジタル化すると「Airbnb」になるというように、物理的なモノをデジタル化すればシェアができるようになるんですね。だから僕からすれば、シェアリングエコノミーなんていうのはIoTの産物です。その視点で、まだデジタル化されていないモノを探してみると、まだまだチャンスがある。デジタル化が進んでいくと、すべてのものをアタマを柔らかくして考え直す必要があるのではないかと思います。例えばクルマを買うとき、このメーカーのこの車種、というように選びますが、航空機業界はそうではない。エアライン会社があって、一方で航空機製造メーカーがありますよね。要は目的地に行くことが重要で、メーカーや機種を選ぶことはない。一方で自動車業界はざっくり言うとメーカーしかないので、このメーカーの、この車種に乗るっていうことになる。でも「Uber」は違います。車種なんて何だっていい。このようにIoTやIT、ICT技術は産業や経済の枠そのものを変える可能性があると思っていて、固定概念や既成概念にとらわれてはいけない気がしています。

- IoTはインフラとしての側面を持ちながら、新しいビジネスのプラットフォームになりうるということでしょうか。

森川:そうですね、あとよくこの話をするときに取り上げるのが、汎用技術というワード。ジェネラル・パーパス・テクノロジーと言って、これも経済の言葉ですが、すべての産業セグメントに影響を与えるテクノロジーを指します。かつての蒸気機関や、電気などもそうですが、やっとIT、ICTも汎用技術になり始めている気がしています。ピーター・ドラッカーが非常にいいことを言っていたんですが、汎用技術の蒸気機関がすごかったのは、鉄道を作ったことではなく、郵便、新聞、銀行などのあらゆるセグメントに影響を与えたことだと。さらには蒸気機関がビジネススクールやマンハッタンのウォール街を生み出したって言う人もいるんです。ITも情報通信技術が進展したことにより、インターネットとかブロードバンド、モバイルなどができてきて、最近ではIoTが出てきましたが、これ自体が目的ではなくて、これによって社会や産業などが変わっていく。そこが汎用技術としての重要なところかなと思います。ただ、最初にお話ししたように、IoT化はジワジワと進んでいくしょう。AIもそうですが、IoTはまだ得体を知られていないので、難しい印象を持たれがちです。でも実際はExcelと同じようなもので、ツールのひとつに過ぎません。データをとって分析するという、今まで人の手でやっていたアナログプロセスを、機械に任せるというだけですから。だから重要なのは、経営者層の「IoTをやってみよう」という意識と、一般の人々に広く「IoTは意外と簡単だ」と思ってもらうこと。この二つがキーになると思いますね。