• IGNITIONS
  • アプリ

超高齢化社会に向けて突き進む日本。高齢者の加速度的な増加によって、今後、この国は様々な分野で大きな変化に直面することになるだろう。そして現在、国が抱えるリスクのひとつとして特に注目されている課題が、「認知症」への対応策だ。2015年に発表された厚生労働省の推計によれば、2025年には認知症を発症している人がおよそ700万人。65歳以上の高齢者のうち、5人に1人が認知症に罹患するという予測である。

そこで、国も本腰を入れて認知症施策実行に乗り出した。その大きな柱が「新オレンジプラン」である。内容は、認知症への理解を深めるための普及・啓発推進、適切な医療・介護等の提供、介護者への支援など。認知症の人へのアプローチだけでなく、介護者やその家族にやさしい地域づくりといった、言わば認知症の人を取り巻く環境整備にも力点が置かれている。

そこで今回の記事では 、認知症の人を取り巻く環境を一変させるべく尽力し続ける、全国キャラバン・メイト連絡協議会事務局の菅原弘子さんに話を聞いていく。
特定非営利活動法人 地域ケア政策ネットワーク
全国キャラバン・メイト連絡協議会事務局
事務局長 菅原 弘子

2001年にNPO法人 地域ケア政策ネットワークを設立。官公庁や地方自治体と連携し、福祉、社会保障のシステムづくり、知識啓蒙に尽力。05年に認知症サポーターキャラバン制度を立ち上げ、国内外から注目を集める。自治体や地域協力のあり方を再構築し、真に機能する社会システムの実現を目指す。

100万人のサポーターが全国の認知症の人を支える「認知症サポーターキャラバン」

認知症の正しい認識を広める、世界からも注目される活動
認知症の人を取り巻く環境整備にいち早く注目し、行動を起こしたのが菅原弘子さんだ。2005年から事業としてスタートさせた「認知症サポーターキャラバン」は認知症の人への理解を深め、地域として認知症に対応していくという画期的な試み。サポーターと呼ばれる人々は認知症という病気を正しく理解し、本人やその家族を見守る応援者であるサポーターを地域内で増やしていくことにより、徘徊などの問題に対処していくというシステムだ。いまや、海外からも注目されるこの認知症対策の発案者、菅原さんに、まずはこの事業を開始した動機について聞いてみた。

「2005年当時、認知症に対する社会全体の誤解、偏見を感じていました。認知症の人は同じことを何べんも言う、徘徊する、暴力をふるうといったことばかり注目され、病気のメカニズムや対応方法にまで人々の目が向いていなかったのです。一方、どう考えても日本には高齢者が増えていき、認知症の人だって増加する。ならば、偏見を取り除く必要があるし、社会として適切な対応を考え始めなければならないだろうと思ったのです。そこで考えたのが、「認知症サポーター」という取り組みでした。自治体や企業内だけでなく、銀行やスーパーマーケットという場所で、認知症に対する正しい知識を持ったサポーターを増やしていく。このサポーターがそれぞれ、病気に対する知識や対応策を広めていけば、社会の状況は変わっていくだろうという考えでした」 

当初の目標はスタートから5年で100万人のサポーター育成。ところが4年で目標を達成し、それまで顕在化していなかった国民の不安を肌で感じたと菅原さんは言う。
全国共通の教材とサポーターを育成する仕組みで「認知症サポーター」の輪を広げる
このシステムの強味は自ずとサポーターが増えていく仕組みそのものにある。まずは菅原さんが運営する全国キャラバン・メイト連絡協議会と自治体が実施主体となり、キャラバン・メイトという言わば、認知症サポーターのリーダー的存在を養成。ここで誕生したメイトたちが各市町村と組んで認知症サポーターを養成していく。キャラバン・メイトが増えれば、サポーターも倍増していくという仕組みが功を奏しているのだ。予想以上のペースでサポーターが増えていく現状について、菅原さんはこう説明する。

「いわゆる無限連鎖式の増え方が実現できればいいのでは、と考えたのです。私たちがキャラバン・メイトさんをしっかり養成していくだけで、メイトさんがそれぞれサポーターを増やしていってくれる。つまり、ねずみ算を応用したわけです。もうひとつ、多くの方にこのシステムが受け入れられた理由は、全国統一の教材を用いたことですね。それまで社会にはびこっていた認知症に対する偏見や、年をとることに対する恐怖感。つまり真実が何なのか、曖昧な状況が続いていたということです。この不安や恐怖感を払拭するためには、共通認識が不可欠だと考えました。全国統一の教材を使用しているので日本のどこに住んでいる方でも同じ知識を共有できる。このことが安心感につながって、サポーターになろうという人が自然に増えていったのだろうと考えています」

着目したのは、認知症は病気である、という事実

さらに菅原さんの取り組みが画期的だと言われる所以は、あらためて認知症を病気として捉えた点だ。キャラバン・メイト養成に使用される教材には、認知症のメカニズムや症例が医学的に説明されている。この教材によって初めて、現在では広く理解された「脳の病気」であるという側面に触れたという人々も決して少なくない。また、一口に認知症と言ってもその種類は複数あり、症状もそれぞれに異なる。教材ではこうした症状についても細かく紹介。「認知症の人は理解できない行動をとる」といった漠然とした認識を否定し、がんや脳梗塞と同様、病気として捉え直すことで、症状や対応策に対する正しい理解を即すことに成功したのだ。

「年齢を重ねればβアミロイドというゴミが脳内に溜まって、このことで認知症が引き起こされる。そういうメカニズムを知れば、うちのおばあちゃんは突然、おかしくなったのではなく、あらためて病気に罹患したと認識できるでしょう。また、認知症の人にはこう対応しましょう、と大雑把に言えるものでもなく、アルツハイマー型とレビー小体型では症状も違えば、対応策も異なります。周囲が適切な対応を取れば、症状が軽減されるケースだってある。ですから、認知症は病気であるという当たり前の事実をしっかり紹介することが何より大切だと私は考えました」

とはいえ、菅原さんがこの活動を始めた時、認知症を病気だと位置づけるのは少々、リスクがあるという声が周囲から挙がっていた。認知症の専門家でさえ、脳の病気という事実を広めれば、それは偏見につながるという、意見を口にしていたのだ。しかし菅原さんには、平均的な日本人の知的レベルであればこの病気をしっかり理解できるという確信があった。この病気の実態と対応を広めることこそ、社会の偏見を駆逐するために最も必要なことだと感じていたのだ。

編集者の目線で社会の矛盾を突き、新たな認知症対策を生み出す

認知症サポーターキャラバンのキャラクター「ロバ隊長」。いくつかは全国のキャラバンメイトから手作りで送られてきているという。
写真下はキャラバンメイトへ配布しているピンバッチやバングル。
「教材を作り、これをもとにメイトさんたちとやりとりしていくと、やっぱりこの方法が正しかったと確信できました。たとえば前頭側頭葉変性症(ピック病)の人は徘徊しても家に帰ってこれるケースが多いですが、アルツハイマー型の人は記憶の機能の低下や見当識のため、家に帰れないケースが非常に多い。こういう病気だと分かっていれば対応の方法も違っていたという、介護経験者の方も多くいらっしゃったんですね。つまり、それまで病気であるということをタブー視していたからこそ、逆に多くの偏見が生まれていたのです」

もともと菅原さんの本業は書籍の編集者だった。関わってきたのは社会保障や福祉の分野。その過程で感じたのが、言わば、社会のひずみとも呼べる側面だったという。

「福祉を勉強してきたわけでもないし、現場にも係わっていないなかで、編集者としてこのテーマと関わるようになりました。つまり福祉の専門家ではなく、編集視点でこのテーマをどう捉えて形にするかということを考えていたのです。だからこそ、一般の人間として福祉の矛盾がいろいろと見えてきたわけですね。でも、使命感に燃えて、情熱的に矛盾を正そうと頑張ってきたとも思っていません。自分としてはあくまで冷静な編集者の目線で事象を捉え、明らかになった問題点を淡々と提示している感覚。編集として一冊の本を作る時、ゼロからプロットを組み立てて、活字を紡いでいくでしょう。それと同じように要素を整理して、プロットを立てて、活字ではなく人を動かしていったのが認知症サポーターキャラバンのシステムでした」

このように菅原さんによって生み出され、育てられた認知症サポーターキャラバンのシステム。家族や親しい者だけでなく、一般市民が認知症の人の良き理解者となり、地域として適切な対応を取るというこの取組みは海外でも注目の的に。菅原さんのアイデアを自国の仕組みに取り入れようとする国々が次々にでてきているのだ。
海外でも増え続ける認知症サポーターキャラバンのシステム。菅原さんのアイデアが世界的なムーブメントに発展しているのだ。

GPSを活用した認知症サポートアプリ「オレンジセーフティネット」

認知症サポーターとスマホアプリが「徘徊」を見守る
「認知症という病気は当然ひとりで解決できるものでもなく、家族や付き添いの方でも支えきれない。徘徊などの問題に対処するには、地域の協力者や専門家が何より大切なのです」

菅原さんの言葉通り、いつの間にか家を出てしまい行方不明になってしまうケースは日本全国で後を絶たない。このようなケースで威力を発揮する新たな取組みが2017年夏、始動した。菅原さんが中心となった全国キャラバン・メイト連絡協議会と、ソフトバンクが連携して実施する「オレンジセーフティネット」である。認知症サポーターを核とする協力者が自身のスマートフォンにオレンジセーフティネットのアプリをインストール。位置情報やチャット機能による情報共有によって、広範囲における行方不明者の発見を支援するシステムだ。

当然だが、認知症の人は自分の居住地周辺だけをぐるぐる徘徊するわけではない。時には自治体の境界を超え、予想以上に遠い場所へと行ってしまうこともあるのだ。そこで、狭い範囲の自治体だけでなく、全国に居住する協力者が共通のアプリによって同じ情報を共有し、特定の行方不明者を効率的に発見していこうというのが、この取組み。認知症サポーターの役割が一層、重要となる全国的な仕掛けであり、テクノロジーとアイデアが幸福な融合を実現した施策として、期待が高まっている。

オレンジセーフティネットでは、オレンジ協力隊と呼ばれる協力者のスマートフォンに捜索対象者の情報が表示され、これにより、行方不明者を様々な地域で見守る体制ができあがる。
社会全体で認知症を見守り、高齢化社会を支える
「認知症の人は社会全体で支えていかなければならないという思想を、上手く体現できたシステムです。これまで様々な施策が地域毎に行われてきたわけですが、キャラバン・メイトという発想やこのオレンジセーフティネットによって、全国統一の手法で認知症の人を理解し、見守ることが可能になったと言えるでしょう。さらに今後、全国から提案された良いアイデアをこのオレンジセーフティネットにどんどん採用していくこともできる。今はまさにスタートしたばかりの時期で、これから発展していくことは間違いありませんし、より機能性の高いシステムとして認知症の人とその家族を見守ることができるようになるでしょう」
編集者目線があったからこそ見えてきた社会の矛盾。そしてこの状況を打開するための確かなプロットと行動力。さらには洗練されたテクノロジーと一般市民の問題意識が渾然一体となって、深刻な社会問題に対応していこうという機運が全国で高まりを見せている。始まりはたったひとつのアイデアでも、その筋道が正しければ人々は共感し、社会を変革するほどの大きなうねりともなっていく。国民一人ひとりが社会の問題を、我が事として捉えること。その意識がなにより大切なのだと、菅原さんの言説が教えてくれた。
(取材・文 : 宇都宮ミゲル、写真 : 小山幸彦)

 
全国キャラバン・メイト連絡協議会
http://www.caravanmate.com/
 
オレンジセーフティネット
https://www.softbank.jp/biz/public/osn/
ビジネスメールマガジン(無料)

最新サービスや事例のご紹介、イベント案内、最前線の情報など、役立つ情報を配信中。

個人情報の取り扱いについて

本フォームにご入力頂いたお客さま情報は、個人情報保護法および、当社プライバシーポリシーに従い適切に管理いたします。 ソフトバンク株式会社「個人情報保護のための行動指針

お預かりしたお客さま情報は以下の目的に限り使用いたします。

  • ・弊社取り扱い製品、サービス、セミナーなどに関する情報のご案内
  • ・お問い合わせや資料請求への対応
  • ・今後の販売活動のためのマーケティング・分析活動

お預かりしたお客さま情報はお客さまご本人から、当社の運営上支障が無い範囲で閲覧、修正、削除を要求することができます。その場合はお問い合わせ先までご連絡いただけますようお願いいたします。

その他のIGNITIONS