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廣瀬 通孝(ひろせ みちたか) 東京大学大学院情報理工学系研究科 教授
人間とコンピュータを分かちがたく一体化し、全体として高度なインターフェースを構築するための技術を「サイバネティック・インタフェース」と呼び、VR(バーチャルリアリティ)の技術を端緒として、この種のインターフェース技術について、いろいろな角度から研究を行っている。
1996年、日本バーチャルリアリティ学会の設立に貢献し、会長を務めたのち現在同学会特別顧問。東京テクノフォーラムゴールドメダル賞、電気通信普及財団賞受賞。

VRで重要なのは、リアルでは決して体験できないことができること

ますます話題になりつつあるVR(バーチャルリアリティ)技術の領域において、約30年にわたり研究を進めている東京大学先端科学技術研究センター教授の廣瀬 通孝氏。今回はヘッドマウントディスプレイをはじめとするインターフェースに関する話も交えながら、VRの現在と未来について話を聞いた。
VR(バーチャルリアリティ)というワードはよく耳にしますが、最近では具体的にどのような変化があったのでしょうか。
廣瀬:メディアなどで2016年は「VR元年」であったと言われたりもしていますが、「バーチャルリアリティ」という言葉自体が現れ始めたのは1989年頃なので、実はもう30年近くの歴史がある技術です。そしてその歴史の中にも、僕は第一期と第二期があると考えていまして、その違いはインターネット前か後か。第一期のVRというのはHDMDやデータグローブなどが存在しているという状況で、研究室などの特別な場所に足を運ばないと体験できなかったのです。しかし、1990年代に入りインターネットが普及し、WEBなども登場してきます。スマートフォンの登場によって、今や歩きながらYouTubeなどで簡単に360度映像が見られるような時代になりました。ようやくVR技術が人々にとって身近な存在になってきた。このフェーズを私は第二期、つまりVR2.0と考えています。TV番組などでもタレントがヘッドマウントディスプレイ(以下、HMD)を体験していたり、HMDを使うゲームなども発売され、好評のようです。今まで領域の外にいた人たちに届き始めているという印象ですね。
技術面の進歩やコスト面の変化などの影響もあったのでしょうか。
廣瀬:もちろんそうですね、VRコンテンツを作るとなると、極端な話、端末の設計から始める必要がありました。現在、ハードウェアの心配は少なくなっています。ソフトをつくるだけ。さらに言うと、昔はHMD的な端末が1台400万円もしましたが、今ではHMDも非常に安価になってきていて、スマホをはめ込めば使えるカードボード型HMDなども出てきている。先ほど申し上げたインターネットの普及もそうですが、VR2.0ではこういったコストの激変というのも大きなトリガーのひとつになっています。さらにもう一つ挙げておきたいのが、技術の生態系が充実してきたことでしょう。第一世代からHMDを用いての360度映像体験は可能でしたが、実際にその映像を撮る人や技術が追いついていなくて、コンテンツは全部プログラマーが自分で書いていたんですよね。一方今では手軽な360度カメラも数万円で売られていて、コンピュータをまったく知らない人でも簡単にVR映像を撮ることができます。オーサリングツールなども充実してきていますし、簡単に視聴できる時代なんですよね。今後もこういった周辺技術との接続が増えれば、より広い領域に拡大していくと思います。
VR領域では身体に近いインターフェースを使用するので、ロボット工学とも近いかと思いますが、違いなどがあれば教えてください。
廣瀬: VRという技術は、いわゆるコンピュータサイエンスの中でも少し特殊で、工学的な分野であることには間違いないんですが、生理学や心理学などわれわれ人間自身視点からコンピュータを捉えようという領域です。物理的な意味で身体に非常に近いインターフェースを使用するのもひとつの特徴です。例えば、今までのコンピュータやロボット、AIというのは、身体の外にあるものですよね。しかしHMDというと、微妙になってくる。身体の内か外か、これを使用する際には体験者の視力や眼間距離に応じてキャリブレーション(較正)する必要があるのですが、これはメガネの処方に近い。メガネってあまり人に貸したりはしないし、多くの人にとってもはや身体の一部のような存在になっていますよね。その視点から見るとウェアラブルコンピュータなども同類です。われわれは、このような身体の境界領域のすぐ内側あたりにあるインターフェースを「サイバネティクスインターフェース」と呼んでいます。ロボット工学とVRとはコンポーネントに分解すると似てくる部分がありますが、今の話で言うと、身体の外部に主体的なものを作るという考え方と、自分自身の五感を含む人間とコンピューターの内部にインターフェースを絡めていくという考え方という意味で、大きな違いがあります。
VRは最近イベントなどでもよく話題になっていますが、そのあたりについてどのようにお考えですか。
廣瀬: 10年ぐらい前になりますけども、僕の研究室でデジタルパブリックアートというプロジェクトをやりました。最終成果報告会として、羽田空港に「空気の港」というテーマでさまざまなデジタルアートを展開したことを思い出します。これは、単なるアートという概念を超えて、空港のような公共的空間をデジタルメディアを用いて、どのように変化させどんな付加価値を持たせられるかという試みでもあったのです。天井に3,000個のLEDを仕込んで、実際の飛行機が飛び立った方向に光の飛行機を映し出したり、人が前に立ったときだけ針が現れる時計などの作品を展示したのですが、非常に高い評価を得て、オーストリアのリンツ市で開かれる「アルスエレクトロニカ」という世界的にも有名なメディアアート展から招待を受けました。今でこそ、デジタルアートというのはイベントなどで話題になっていますが、当時はアートとデジタルが離れていた時代で、公共的な空間にデジタルな手法でアート性を付加する「デジタルパブリックアート」という領域をつくろうとしたのです。このプロジェクト以降、いろいろとオファーをいただいたのですが、そのひとつに大宮の鉄道博物館のプロジェクトがあります。鉄道車両は、本来動いているものですから、それが生きて働いていた時代を伝えようとするとなかなか難しい。でもデジタルなら可能ですよね。「思い出のぞき窓」と言って、展示されるSLに当時のビデオをAR的に重ね合わせるシステムを作りました。VRという技術は博物館展示などと非常に相性がいいと思います。日本という国はこれまで「保存する」という文化がなくて、アーカイビングなどはこれから伸びしろのある分野だと思います。
ビジネスシーンなどにおいて、VR技術はどのように発展していくことが予想されますか。
廣瀬:優等生的な答えとしてね、製造業などで、バーチャルプロダクトは役立ちそうというものです。しかし、もっと広い応用を考えてもよいのではないでしょうか。たとえば、地域振興などはどうでしょうか。昨年のポケモンGO騒動のように、コンテンツひとつで地方に何十万人という人が集まる時代ですから、地方の観光地などでも「思い出のぞき窓」のような技術を使ってその土地の付加価値を上げる事が出来るでしょう。公共的な役割も大きいでしょう。例えば何十メートルの津波が発生したときに、このあたりまで水が押し寄せるといった情報が、もしVRによって体験できるような取り組みができたら、普段意識していない危ない場所などが可視化されて、日常的な防災意識を高められますよね。新しい教育のシステムも考えられるでしょう。空間的な知識を学ぶ「地理」と、時間的な知識を学ぶ「歴史」という2つの教科がつながっていないので、東大生でも江戸城がどこにあったのか、鎌倉幕府がどこにあったのかなどというちょっとひねった質問に答えられなくなってしまうのです。VRと通話回線が結びついたプレテレゼンスという技術はこれから本格化する高齢化社会においても確実に存在感や必要性を増していくと思います。病院から空間を超えて就労することが出来るので、「明るい寝たきり生活」なども可能でしょう。高齢者と社会をつなぐシステムとして、VRの役割はますます大きくなるに違いありません。
VRの未来や、今後の研究の展望などについて教えてください。
廣瀬: VRとは因果な術だと思います。平たく言うと本物そっくりなものが目の前に電子的に合成できるということで、ある種のフェイク(にせ物)が作れてしまうということが面白いわけですよね。でも20年ぐらいVRをやってきて思うのは、やっぱり本物には勝てない。それだけ本物が欲しいなら本物を持ってこいと。特に博物館の人たちと十年ぐらいやっていると、徹底して現物主義というか、本物の重さが体感として分かるようになりました。むしろVRで重要なのは、リアルでは決して体験できないことができるということだと思っています。例えば、の話をしますが、怪獣映画などの面白さって、怪獣がいるということ以外は本物そっくり、というところにありますよね。逆に言うと完全リアルのコピーだからこそ、怪獣が出現できる。そういう意味では今流行りの「スペキュラティブデザイン(問題提起型デザイン)」の考え方というか、非常に極端な例を提示してその先をシミュレーションしていくというか、そういう思考パターンって重要なのだと思います。完全にリアルなものを作って終わりなのではなくて、決定的にできないものは何かと考える必要があるのではないか思います。その延長線上で、今興味を持っているのは、時間軸。空間軸は物理的に征服することは可能だけど、時間軸は今の技術では難しい。でもこれもバーチャルならある程度実現可能だと思っていて、実際に「バーチャルタイムマシン」、通称VTMというプロジェクトを進めています。イノベーションの面白いところはやはり不連続な進歩ですよね。リアルな手段では決して不可能だったことが、驚くほど簡単に解決すること、これがVRという分野の面白いところです。まだまだポテンシャルを秘めていると思いますね。
(取材日 2017.1.16)
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